現在勤めている会社への通勤は、「自転車で5分」である。
始業8:00で、10分前には出勤するとして、家を出るのは7:45。
数年前、東京都に住んでいた頃の私は、郊外のベッドタウンから90分以上かけて都心の職場に通っていた。
通勤ラッシュ。背骨が圧迫骨折するかもしないほどの東京メトロの車内は、奴隷列車と呼んでも過剰ではなかった。
人身事故での運転見合わせ、ダイヤ乱れは日常茶飯事。
大雪や台風で計画運休の情報が流れてきても、
「会社には這ってでも辿り着け」という暗黙の了解が、当時勤めていた会社には存在していたように思う。
何より私自身が、
「どれだけ遅れたとしても、会社には行かなくてはならない。
いや、たとえ辿り着けなくても、
行こうとしている姿勢は見せなければならない」
そんな、今思えば社畜のお手本のような考えに囚われていた。
(実際、数年前の東京大雪の日、朝6時に家を出て、振替輸送を乗り継ぎ、意気も絶え絶え会社に到着したのは、正午を回っていた)
その後、転職や引越しを繰り返し、現在は地方都市の小さな会社に勤め、そこから自転車で5分ほどの位置に住んでいる。
あの頃から比べれば、なんとも恵まれた環境である。
朝、特段早起きをしなくても時間にゆとりが生まれ、出勤前に掃除洗濯、ブログを書いたり、ヨガ、筋トレも行える。
昼休みには一旦自宅に帰ってくることもできる。
仕事が立て込んだ日は、移動時間を差し引いて15分ほどしか家に居れないこともあるが、気分はリセットできるし(リセットしすぎて再び会社に向かうのが億劫になることもある)
冷凍ご飯やうどんをレンチンして、納豆や卵を乗せれば十分美味しく、経済的である。
退勤後にも余裕が生まれ(多少の残業はあれど)スーパーで食材を買って自炊し、夕食以降も映画や読書の時間を確保できる。
ちなみに、会社が近所だから「今日人足りないんだ、出れる?」などと休日に急な呼び出しを喰らう・・・なんてことはありがたいことにない。社員10人以下の小さな会社で、まっさらなホワイト企業とはお世辞にも言えないが、ライフワークバランスを強制的にごちゃ混ぜにされたりはしない環境である。
時折、近所や道端で、同僚や会社関係者にばったり会うこともあるが、会釈して少し会話する程度だ。
もし、これが都心の(都内でなくとも、街の中心部に近い)職場であったなら、近距離に住まいを置くことは当然、家賃コストが極端に上がってしまうだろう。
都会の空気や流行を身近に感じられるライフスタイル、そんな生活を目指して、高給な職種を目指すのも一つのやり方だと思う(もしくは都会の築古アパートなど住居環境を選ばないという手もある)
ただ、私自身40歳を越え、人気の飲食店やショップを目的に外へ外へと繰り出し、欲しいものを買い、食べたいものを食べる、そういった娯楽や刺激よりも、
半径10メートルのささやかな居住空間を、自分の落ち着くもので整え、静かに暮らしたいという気持ちが圧倒的に強くなったのだ。
だからこそ地方都市の、さらに奥のベッドタウンの、さらに駅から遠い会社に就職し、そこから自転車で5分の場所に居を構えた。
人気のチェーン店や、コンビニも少ない。坂道は多い。市街地に出るにはバスと電車で一苦労である。
それでも、周囲に自然があり、騒音もなく、地域のスーパーマーケットや図書館が充実している今の住まいはとても気に入っている。
休日は家の掃除、食材の買い出し、筋トレとヨガを行い、あとはゆっくり本を読んだり、こうやってブログを書く。そんな淡々とした生活に満足しつつある。
あっち行ったりこっち行ったり、行き当たりばったり、寄り道と行き止まりの多い人生だったが、
40を越えてようやく自分の落ち着くべき生活がわかってきたように思う。
自分が本当に求めているものを知るために、時に人は、全く求めていないことを一通りやってみなければいけないのかもしれない。